BRAND STORY
禱 -INORI- が生まれた理由
その当時のわたしは、心身ともに深く傷つき、疲れ果てていました。
父親の早すぎる他界。そのわずか数週間後に襲いかかった、2度目の新型コロナウイルス感染。熱そのものは数日で引いたものの、そこから体に現れ始めた違和感は、容赦なくわたしの日常を蝕んでいきました。
激しい倦怠感、めまい、両手足を襲う痛み、頭痛や胸の苦しみ。満足に眠ることもできず、集中力は完全に低下していく。下された診断は「新型コロナウイルスの後遺症」でした。
やむなく休職の手続きを取りましたが、傷病手当の期間を迎えても体調が戻ることはなく、長年勤め上げた会社を辞職。仕事もなくなり、収入も途絶え、未来への不安だけが募る毎日を送っていました。まさにどん底にいるような心地でした。
そんな時、かかりつけの医師から「一度、気持ちをリセットしてみてはどうか」と言葉をかけられ、妻の祖父母が暮らす世界自然遺産・屋久島を訪れることにしたのです。
島を訪れた当初のわたしは、ただ「おいしい空気でも吸って、心を休められればいい」と、それだけを思っていました。それほどまでに、心も体も擦り切れていたのです。
しかし、島に身を置いて数日経った頃、わたしは信じられない変化に気づきました。あれほど苦しんでいた痛みを忘れ、気づけば川に入り、海に入り、山を歩き回っていたのです。
2年近くずっと頭を覆っていた白いもやのようなものが、すうっと晴れていく。毎日欠かさず飲んでいた何種類もの薬を、一粒も口にしていないにもかかわらず、夜はぐっすりと眠ることができ、両手足の鈍痛は心地よい筋肉痛へと変わり、激しいめまいもほとんど消え去っていました。
わずか数日間のうちに起きた、圧倒的な変貌。わたしと家族はこの不思議な経験を通じて、屋久島の大自然が持つ大いなる「氣」に、深い畏敬の念を抱かざるを得ませんでした。
体調を取り戻したわたしの心に湧いてきたのは、「なぜ、あのタイミングで屋久島に導かれたのだろう」という強い問いかけでした。それは決して、単なる偶然とは思えなかったのです。
暗闇だと思っていた過去の出来事も、そこから繋がったすべての出会いも、すべてはここへ至るための「必然」だったのではないか。そう気づいた瞬間、わたしを取り巻く日常のすべてに対し、心の奥底から込み上げるような感謝の気持ちが生まれました。
自宅に戻ったわたしは、島で得たあの不思議な感覚を忘れないよう、日々の暮らしにひとつの習慣を取り入れることにしました。
1日の中でほんの少しの時間、屋久島の神物に触れながら、心静かに感謝の「禱(いのり)」を捧げる。そして、「いつも側にいてくれて、ありがとう」と、家族への感謝をちゃんと言葉にして伝える。
本来なら当たり前すぎて、日常の中に埋もれてしまいがちな些細なことです。けれど、その大切な想いを声に出し、純粋な「言霊」に乗せるようになってから、不思議と家の中に笑顔が増え、毎日が明るく色づき始めました。
元々、わたしは決して信心深い人間ではありませんでした。だからこそ、自然の力を信じ、日々に感謝を捧げるこの「禱」の時間がいかに尊く、これまでの自分に足りていなかったものであるかを、誰よりも強く確信できたのです。
まわりの環境を変えるのではなく、自分自身をもっと深く、深化させていくこと。そうすれば、自分を取り巻くすべてのことが、より良い方向へと美しく導かれていく。
これこそが、わたしが
「禱」というブランドを立ち上げるに至った、
真実の軌跡です。
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